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1 横浜ユーラシア文化館所蔵「自鑪庁至烏斯蔵程站輿図」概要


 

絹本 彩色/40.5 x 308.3 cm/中国 清 19世紀末〜20世紀初頭

Color on Silk/Hand-Painted/Late 19th Century-Early 20th Century C.E./China


 鑪庁(ろちょう)とは中国四川省のダルツェンド(打箭鑪、現在の康定)のこと、烏斯蔵(うしぞう)とはチベットのことです。

 長さ3メートルあまりの絹布に、中国四川省の西方からチベットへの道のり、さらに新疆、ロシアに至る地域が描かれた、この地域への旅行がまだ命がけだった時代の詳細なルートマップです。絹に手描きの絵画作品であると同時に、旅の情報が盛り込まれた実用書でもあり、この時代の東西交通路の一端を示す貴重な資料です。
 1998年に東洋学者江上波夫氏(1906‐2002)から横浜市に寄贈され、昨年の当館企画展「天空 地球 ユーラシア―古地図が描く世界の姿―」(2006年9月16日〜12月10日)で初めて展示公開されました。

 

 

2 「自鑪庁至烏斯蔵程站輿図」の謎


 この絵図は、絹に手描きされた、この世に一つしかないはずのものです。ところが、2006年5月、北京の中国国家図書館の展示図録に、そっくりの絵図が掲載されたのです。
 早くからこの作品に注目されていた片山章雄氏(東海大学教授)が、図録に掲載された絵図の写真と、当館所蔵の絵図とを比較された結果、布を重ねて写し取ったのではないかと思われるほどに似ていることがわかりました。
 では、一方は他方のコピーだったのでしょうか。更に詳細に見ていくと、北京の絵図にあって横浜の絵図にない地名、逆に横浜にあって北京にない地名が見つかり、どちらがオリジナルともいえません。両者のもととなる第三の絵図が存在する可能性も出てきました。
 また、類品が複数作られたのならば、通常の絵画作品とは異なる制作理由があったはずです。ロードマップとしての実用性を考えるなら、印刷技術が発達した時代に、絹という素材、手描きという方法が選択された理由が不明です。そもそも、ここまで似たものを作る必要がどこにあったのでしょう。両者は色使いまでそっくりです。

 

 

3 このたびの特別公開について


 昨年の初公開からもうすぐ1年、「自鑪庁至烏斯蔵程站輿図」についての調査は続けられています。そして、ついに本年11月初旬、片山氏を中心とする研究チームが北京を訪問、中国国家図書館所蔵の類品を実地調査することになりました。
 このたびの特別公開は、作品とともに、最新の研究状況をご紹介するものです。
 公開初日の11月23日(金・祝)は、帰国間もない片山氏をお迎えしてギャラリートークを行います。はたして北京での実地調査はどのような成果をもたらすでしょうか。ご期待ください。

 

→ギャラリートーク

 

     

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